Spiber(スパイバー)株式会社の取締役兼代表執行役、関山和秀と申します。十数年続けてきた私たちの取り組みはまだスタートラインに立ったところですが、何か皆様のインスピレーションに繋がればという思いでお話しさせていただきます。
Spiberは、タンパク質素材の実用化を目指す会社ではあるのですが、一言でいうと、非常にミッションドリブンな会社だと思っています。私たちは、サステナブルな人類のウェルビーイングのために、今、自分たちにできることをやっていこうとしている会社です。昨今、サステナビリティーや持続可能性といった言葉をメディアで見ない日はないと思います。ここから多くの方は環境問題を連想されるかと思いますが、私たちは「一番持続可能でなければならないのは人間の幸せやウェルビーイングである」という思いを根底に抱き、「人間の幸せのために自分たちに何ができるのか」を意思決定の判断基準にしています。ですので、現在私たちの手がけている事業や研究開発も、もちろん「こんな素材があったら世の中の役に立つのでは」という思いからではあるのですが、それもまた最終的には、人間の幸せを持続可能にするというゴールを実現するための手段だと考えています。
私たちのこうした取り組みの元になる問題意識は、私が高校生だった頃にはほぼ出来上がっていました。当時の世界人口は約60億人で、うち先進国が約15%、発展途上国が約85%でした。現在の世界人口はもっと増えていますが、恐らくこの割合はそれほど変わっていないと思います。そして1人あたりの資源の消費、例えば年間の繊維消費量をみると、先進国は新興国の3~5倍の資源を消費しています。さらに残り85%の人たちも先進国並みの豊かな暮らしを目指しているわけで、今後彼らの消費も現在の3~5倍になったとしたら、果たして地球の資源は足りるのかということに、高校生ながら危機感を覚えたのです。
同時期に見た、ルワンダでのジェノサイドのドキュメンタリーにも強い影響を受けました。家族や大切な人が戦争や紛争で殺されること以上に最悪なことはないと思いましたし、それは多くの方に共通する思いだろうとも考えました。世の中の戦争や紛争の原因は結局、食料にせよ水にせよエネルギーにせよ、限られた資源の奪い合いです。これらの絶対量が不足してきたとき、私たちの平和な社会は維持していけるのだろうかと疑問に思い、それからずっと、平和な世界を維持し、より平和な世界を創っていくためには何をすべきかと考えながら生きてきました。
そして2000年、のちの恩師となる慶應義塾大学の冨田勝教授と出会いました。冨田さんは、生命科学と情報科学の融合した新しい学問や技術=バイオテクノロジーは、食糧問題やエネルギー問題、環境問題といった21世紀の地球規模の課題を解決するのに必要不可欠な技術になると熱く語られ、さらに、翌2001年に世界に先駆け、山形県鶴岡市にその新領域の研究所である慶應義塾大学先端生命科学研究所が開設されることを紹介されました。折しも高校3年生でしたので、大学1年生から世界最先端の研究に携われるならここに行くしかないと思い、慶應義塾大学環境情報学部に進学、現在もSpiberが本社を置く、山形県の鶴岡サイエンスパークにやって来たのです。そして大学4年生のとき、当時同じ研究室で、現在はSpiberの取締役兼執行役を務める菅原潤一とともに、現在の事業につながる「クモの糸の人工合成」の研究を始めました。現在のSpiberは、タイ・米国の現地法人を含め290名余り、うち国内のチームが260名余りにまで規模を拡大しています。海外出身の方も増え、現在十数か国からすばらしいスタッフが集まってくれるようになりました。
ここで事業について簡単に紹介します。私たちが扱っている素材、タンパク質というのはご承知の通り、生物を形作る基幹材料ですが、そのタンパク質は、20種類のアミノ酸が数十個から多いものでは数百個~数千個つながったものです。つまりアミノ酸の並び方が非常に重要で、並び方によって、例えば髪の毛にも筋肉にも爪にもなれば、ホルモンにも免疫の抗体にもなるわけです。
元のアミノ酸はわずか20種類ですが、組み合わせのパターンはほぼ無限です。例えばたった100個つなげるだけでも20の100乗通りになるわけですから。その中で、生物が進化の過程でたどり着いたもの、つまり生物が実際に作り出している組み合わせは本当に限られています。つまり、残された組み合わせの中に、人間や産業にとって本当にすばらしい素材もたくさん眠っているはずだということです。それを探し出すために私たちは、自然界では数千万年や数億年かかるような進化のプロセスを、実験室の中で、数か月や数年で実現しようという研究開発をしています。
20種類の全く機能の違うアミノ酸を、例えば数百個数千個と精密につなぐのは、今の有機合成の技術では本当に難しいことなのですが、私たちは微生物の力を使ってこれを実現しています。目指すタンパク質のアミノ酸配列を生み出す設計図をDNAに書き込み、それを微生物に組み込んで発酵させ、設計通りのタンパク質を作り出すのですが、設計図さえ変えれば多種多様なタンパク質を作り出すことが可能です。そして出来上がったタンパク質はポリマーですから、基本的には既存の化学繊維と類似の方法で、繊維や樹脂など様々な形態に加工できます。「タンパク質」は単一の特徴しかもたないようなイメージもあると思いますが、実は全くそうではなく、ものすごくバリエーションのある「材料のカテゴリー」と考えるべきだと思います。つまりタンパク質は、新しいマテリアルプラットフォームなのです。
動物由来・石油由来の材料を使うことの問題が顕在化する中で、植物由来かつ環境の中で分解される「循環型素材」が強く求められています。特に環境中へプラスチックが蓄積していくリスク、いわゆるマイクロプラスチックの問題を考えれば、環境分解される素材はその解決手段になり得ます。私たちはその領域を大きく拡張する、つまり人類の持続可能な素材の選択肢を広げる可能性を秘めた素材を開発しているのです。一番持続可能な形で製造するために、製品の原材料調達から生産・流通・使用・廃棄に至るライフサイクルの調査(ライフサイクル・アセスメント=LCA)にも力を入れています。また、求められる性能は維持しつつ環境中で分解するような設計についても、社内でデータを取りながら研究開発を行っています。
私たちが現在、主に素材提供を行っているアパレル領域も、こうした持続可能性の面で様々な課題を抱えていました。例えばウールやカシミヤといった素材を生み出す反芻動物は非常に大量の温室効果ガスを排出するというのも課題の1つで、そうした素材と私たちの素材を置き換えることができれば、温室効果ガスの排出削減に貢献できる可能性があります。中長期的には、動物由来のタンパク質材料のうち10~15%程度は、我々のタンパク質素材で置き換えていけると思っていますし、他にも様々な領域で使っていただける可能性を秘めているはずだと考えています。
このように今後の展開を考えたとき、現在一番の課題となっているのが、需要を満たせるだけの供給体制です。これまでは鶴岡に構えたパイロットスケールのプラントで生産してきましたが、今後はさらなる量産が求められています。そこで現在、タイ王国でマザープラントの建設、次いでアメリカ合衆国のアイオワ州で穀物会社大手のADM社との共同による生産拠点の開設と、2025年から30年ごろまでに数千トン、数万トンとスケールアップしていくための取り組みを進めています。
私たちの技術的なコアはタンパク質を設計するプラットフォームです。研究のインフラ整備やデータを分析・蓄積する装置、自動でDNAを合成するロボットといった各方面の要素技術、またスケールアップのエンジニアリングまでをすべて自社で導入し、フィードバックを回せる体制を作り上げてきたことが、私たちの競争力につながっています。分野横断的な研究開発のため難易度も高く、こうした環境を作るには膨大な時間と投資が必要でした。そのためこの領域では、世界的に見てもリーダーシップを発揮できるポジションにまで成長することができたのではないかと考えています。これだけの規模でタンパク質の設計や合成ができるチームは、現在、私たちだけしかいません。またこのような新分野を切り拓く取り組みの過程では、理化学研究所や慶應義塾大学といった研究機関との連携にも力を注ぎ、そこから生まれた要素技術は、論文や特許の出願という形で一部オープンにもしています。
こうした展開ができるのはまた、素晴らしい投資家の方々や政府の支援によるものでもあります。特に、内閣府のプロジェクトで進めていた研究チームが主体となる「構造タンパク質素材推進コンソーシアム」の働きかけが功を奏し、2021年11月にISO(国際標準化機構)の「タンパク質繊維」の定義が改訂され、人工的に製造されたタンパク質も「タンパク質繊維」に含まれるようになったことは、1つの大きな節目だと感じています。これは、我々の素材が国際標準でカテゴライズされる一般的な材料になったということです。今後JIS(日本産業規格)が改正されればいよいよ、タンパク質は産業でさらに広く使われる素材になるでしょう。 地球上の多くの生物が生態系の中ですでに使いこなしている循環型の基幹材料と言えば、セルロースとタンパク質が挙げられます。そのうちセルロースはこれまでの人間の営みにおいても、コットンやパルプといった形で、産業に用いたり再資源化したりする技術が比較的整っているのですが、タンパク質はそうではありませんでした。しかし必ず近い将来、タンパク質を産業に活用する時代が来るはずです。私たちがその時代を切り拓き、またその取り組みを通じて、少しでも世界平和に貢献できればと考えています。
各国からSpiberに集まってこられた方々は、どこで仕事をされていますか?
ほとんど日本に来てくださっています。私たちの取り組みに参加したいと、初めは日本語も話せなかった方も応募くださいましたし、人によってはすでに鶴岡に移住し、子育てもしながら事業に取り組んでいます。当社の理念に共鳴し、ミッションに対して真摯な姿勢の方が多く来てくださっていると思います。
生産拠点を国内ではなく海外に設立される背景は何でしょうか。
現状においては、原材料の調達という観点が最大の理由です。タイやアメリカは、バイオマスが豊富な地域ですから。しかし中長期的に、例えばもう少し資源循環がしっかりできるような準備が整えば、国内に拠点を造ることも考えられるかと思います。
プラント建設は環境負荷が非常に大きいと思います。その稼働から撤去までの期間に、建設時に発生した負荷を自然環境に還元する取り組みなどはあるのでしょうか。
トータルでどれだけ環境に貢献できるのかが重要だと思いますので、当然そうした計算も行っています。とはいえ基本的には新設しないのが一番ですので、できるだけ既存の設備を活用した生産拡大を狙い、例えばADM社とのプロジェクトでは、すでにある工場や設備を活用する形でプラントを造っています。今後も極力、例えば遊休中の発酵設備を活用したり、あるいは既存の化学繊維用の紡績装置で使えるようなタンパク質を開発したりといった取り組みを進めていきたいと考えています。
生産や開発を進めながら研究論文も出されているのが意外でした。企業ノウハウの開示につながるようにも思うのですが、そのあたりをどのように整理されているのでしょうか。
難しいところではありますが、私たちの研究開発も基礎研究から応用的な開発まで幅が広いため、主に研究機関と共同で行っている基礎研究の部分を論文化しています。
現在の新型コロナへの対応で、体制を変更するなどの対処はとられたのでしょうか。またこうした思わぬ危機や困難、世界の変化への対応について、お考えがあれば教えて下さい。
私たちが創業したのは2007年で、そのすぐ後にリーマンショックと東日本大震災が続いた、ベンチャー企業にとって大変な時代でした。企業の共同研究費や契約金が途切れたのは本当に辛かったです。ただその当時、会社が潰れる直前まで頑張り、何とか生き延びられた経験から、メンバーの胆力が鍛えられました。新型コロナの時も大変ではありましたが、「悩んでいる暇があるなら何ができるか考え行動しよう」という姿勢で乗り越えられているかと思います。
政府の支援のお話がありましたが、特に良かったと思われる点、あるいはここはもっと変えていくべきではないかと思われる点はありますか。
基本的には全てがありがたく、役に立ったと思っています。ただその中で、もしも変わればよりありがたいと思うのは、採択されたプロジェクトのために導入した機器や装置を、他の場面でも活用できるようになればということです。ベンチャー企業は「何が成功につながるかわからない」という状況のもとで、常に様々な方向に研究や事業の展開可能性を摸索しています。使用目的のメインは当然採択されたプロジェクトですが、その他でも活用できるように条件を緩和していただけると、これは特にスタートアップにとっては非常に有用な支援になるかと思います。