Kazunari Yamamoto

  • HOME
  • 講演4 :山本一成氏
 

 AIの研究者で、HEROZ(ヒーローズ)株式会社の技術顧問、それから操業したばかりのTURING(チューリング)株式会社のCEOを務めています、山本一成です。先の清水信哉さんの講演で「元気に働けるのが60歳までと考えると、10年単位の時間をかけて何か大きなことにチャレンジするチャンスは数回しかない」というお話がありましたが、実は私も同じく20歳の頃から、60歳まであと何日あるかとよく考えてきました。それまでに5つぐらいは何かを成し遂げたいと。
 私にとってその1つ目は、コンピュータ将棋のソフトウェア「Ponanza(ポナンザ」)の開発でした。そして2つ目のために、つい先ごろ創設したのがTURING株式会社です。偉大な情報学者、アラン・チューリングから名前をいただき、「We overtake Tesla」という大それた目標を掲げ、レベル5完全自動運転EVを開発する戦いを始めたところです。
 まず自己紹介を兼ねて、Ponanzaの話から始めたいと思います。実は私は大学で留年したことをきっかけにプログラミングを始めました。そして当時、将棋プログラムは機械学習がいいのか人が設計した評価関数がいいのか、という論争があったのです。私は、機械学習が伸びるに決まっていると思いました。「半導体の集積率は18か月で2倍になる」という「ムーアの法則」、極めて強力なこの経験則を踏まえれば当然だと思ったのです。それで将棋プログラム開発にのめり込み、人間よりもはるかに強い将棋プログラムができました。それがPonanzaです。自己対戦することで人間が知らないような領域からも学習し、その結果をフィードバックして自分で賢くなっていく。そんな、強化学習から生まれた強さを持つプログラムです。
 私にとってこのPonanzaの開発は、機械学習というAIの分野が大きく強くなっていく過程とともに歩くことのできた、楽しい旅でした。かつては人がいいか機械がいいかと議論されていたのに、今となっては誰も、将棋プログラムが名人より強いことに異を唱えません。そのように人の価値観が変わる瞬間、世界がドラスティックに変わる瞬間を、身をもって体験したわけです。
 しかしその一方で、反省もありました。と言うのも私は、一会社員として商用将棋ソフトを作っていました。ソフト自体は好評で、他の将棋AIの開発チームとも競い合いながら楽しく開発を続けていたのです。ところがそこに、Google DeepMindの開発した「AlphaGo(アルファ碁)」が登場しました。このAlphaGoがすごかったのは、ディープラーニングから深層強化学習までをきれいに繋いだことはもちろん、世の中のゲーム、あるいは課題というものはこのように知能によって解かれるべきだという強いプリンシプルを持って人を集め、またしっかりとした広報により開発陣を支える人脈を繋いだことです。情報工学分野において、このAlphaGoほど偉大な金字塔は当分現れないのではないでしょうか。
 それを見て自身の仕事を振り返ったとき、「小さかったな」と思ったのです。つまり、AIや情報工学や未来といった文脈でなく、「山本が天才である」といった文脈の話題として消費されてしまった。もっと「山本の勝利」以上の話にしなければならなかったと反省したのです。
 そして私にとってのAI将棋が一つの区切りを迎えた後、しばらくの間は次にすることが決まらずに困りました。そのとき出会ったのが、アメリカのカーネギー・メロン大学で博士号を取って帰国したばかりの青木俊介さんでした。青木さんは自動運転の研究をずっとしてこられた方で、私を含め、AIに携わる者にとっても自動運転は興味や憧れの対象です。自動運転とはどんな世界だろう、そのAIはすごいのかな、などといった興味を持ちながら、青木さんや周囲の研究者のお話を伺うようになったのです。
 ところが、自動運転の研究開発に携わる方々の話を詳しく聞いていくうちに、どうも私のイメージと現在の研究は少し違うことがわかってきました。というのも日本の自動運転研究の多くは、LiDAR(ライダー)やIMUといった各種センサーの開発・応用が主要なテーマだったのです。私は次第に、それは正しい問いなのかと感じるようになりました。というのも、センサーとは「目」です。いくら目が良くとも、判断する脳がなければ運転はできないのではないか、と。そこで、AI主導の自動運転をやろう、これを自分自身の次の目標にしようと、青木さんと一緒にTURING株式会社を創業したわけです。
 ここで自動車産業の全体についておさらいしますと、世界で言えば300兆円規模、日本では50兆円規模、日本のGDPの約1割を占める、外貨の稼げる産業です。そして世界で保有されている自動車は10億台、さらに年間1億台を製造しているそうです。このような産業でいま大きな変革が起こっています。何より驚くべきは、極めて年齢の若い企業が途方もない時価総額をひっ提げていることです。この辺りの事情は変動が激しいですが、Tesla(テスラ)やRivian(リビアン)、Lucid Motors(ルーシッド・モーターズ)といった新興EVメーカーの時価総額は日本の自動車企業をはるかに凌駕してきています。金融市場がいつも正しいわけではありませんが、自動運転やEVはそれだけの価値ある市場である、そういった認識が巨大な時価総額を支えているわけです。
 こうした勢いのある新興EVメーカーのリストに、日本のスタートアップも何社か含まれていてほしいところですが、残念なことにどこもランクインしていないのが現状です。現行の自動車産業に近い立場の方ほど「自動運転は絶対に実現しない」「人間には走る喜びへの欲求がある」「内燃機関が消え去ることはない」といったことを言われます。それもまた真実でしょうが、日本の既存の自動車産業がこのまま存続し続けるのかはわかりません。むしろ、現状が続くのならそれはそれで構わないのです。ただ、そうではなく、今後の自動車産業はさらに大変革を迎えるかもしれない。その可能性に備えるのがTURINGの思いです。
 アメリカの大企業というのは、昔からあった企業が偉大になったわけではなく、例えばGAFAやTeslaのように、全くのゼロから途方もないようなテックジャイアンツがタケノコのようにどんどん出てきます。恐らく中国もそうでしょう。今もこのシンポジウムを、皆さんはPCやスマートフォンで視聴されているわけですが、この「現代の奇跡」を成り立たせている企業や技術の中で日本に関わるものは極めて少ない。現代の最高の奇跡から日本は外れているわけです。
 だから、戦おうと思いました。戦うには、「正しくない」つまり「自分を捨てる」行動をしないと話が始まらないと私は思っています。それはつまり、日本人が陥りがちな、目先の小さな成功や部分最適を追究することではなく、そもそもどのような問題を解くのが正しいことなのかを考え続けること、正しい技術方針を考え続けることから始めるということです。
 では具体的に、TURINGの技術方針は何なのか。いま日本で自動運転の実現と言うと、レベル4の実証走行を行いましたといった話題が多いです。一定の限定されたエリア内で、人間の立ち入りのような不確定要素を排除して、事前に完全な地図を手に入れて、インフラのサポートもあってやっと走行する……そんな話ですね。しかし私は、センサーを良くして人間の書いたルールベースで造る、というやり方では自動運転の車は造れないと思っています。
 結局、コンピュータサイエンスのこの10年の流れは一貫して、人間が書いたルールベースが破壊され、機械学習に取って代わられる世界をずっと示してきたのです。私の理解では、揺り戻したことは一度もありません。最初にお話しした将棋や囲碁もそうですし、画像認識や自然言語処理もドラスティックに変わっています。私たちは、その流れに賭けることにしたのです。
 我々が造ろうとしているのは、ハンドルがない車、つまりシステムが完全に運転を制御する車です。これを実現するには、この世界をかなり理解しているようなAIが必要でしょうし、また挑戦するに値する課題だと思います。なぜかと言えば、車というのはある一面では、人間社会と深く関わっている移動体であり、ロボットだからです。300兆円の巨大市場を持つ、産業的にも成功したロボットです。このロボットが真に人間と人間社会に深く関われるようになるようなAIを開発していくわけです。例えばAI将棋とは市場規模も得られるデータも桁違いですし、そのためにクリアしなければならない課題の難易度も超弩級です。AIだけではなく車両の制御を開発する必要もあるし、販売するとなれば法規や関係省庁とのネゴシエーションも必要でしょう。多くの専門性と、覚悟を持った人間が必要です。
 この10年間のディープラーニングの強烈な進歩を思うと、これからの10年はどんな進歩になるでしょう。そのとき出来ているAIはどれくらい賢いでしょう。恐らく自動運転がこの社会で受容されるには、人間の10倍は安全と認められる必要があるはずです。そういう、この世界のことをかなり理解しているAIができたならば、それは汎用人工知能やシンギュラリティにも近い位置にあるはずです。もし次の時代の我々が人間の知能を超える神のようなAIを生み出したら、その「神」はどんな顔をして何を話すのでしょうか。皆さんにも想像してみていただきたいです。

 


山本さんが必要としているAI人材の育成には、どういった教育が必要と思われますか。


必要なのは、むしろ教育ではなく、チャレンジかもしれません。というのも私は、日本人を含む東アジア人は、問題を解く能力は高いと思っているのです。例えば国際的なAIコンペでは、日本人エンジニアが良い成績を収めたりしています。ただ、AIの開発に対して示される課題は既存のシステムを何%改善するといったものが大半で、私としては「その課題設定は正しいのか」と思わざるを得ない。この国には、今は想像もつかないようなすごい自動車を作る力が潜在的にはあるはずです。しかし正しく問いが立てられていない。正しく問題を理解できていれば、勝ち目があるはずです。


では、山本さんご自身が正しい問いを立てるために心がけていることは何ですか。


率直に言えば分かりません。私もたくさん、間違った問いを解いてきましたから。正しい問いを作るのはとても大変な仕事です。例えば私自身のことで言えば、AI将棋に区切りを付けた当時の私にとって「間違った問い」は、将棋プログラムを続けることだったと思います。勝手知ったる分野で、それなりに難しいが面白い課題を解いて満足して、非常に強いプログラムを作ることは可能だったでしょう。それを捨てるのは非常に辛いことでした。なぜなら、私は将棋プログラム以外何もしていない、何も知らない人間ですから。だからこそ私は人に会い続けました。正しい問いを立てるというのは、そういうことだと思います。自分のコンフォートゾーンを外れなければならない。


コンフォートゾーンから外れ、新しい人との出会いの中で全く新しい問いに気付き、一緒に答えを探していく。それは起業の一つの本質かもしれませんね。


時代を動かす力があるとしたら、昔は哲学者や宗教家、政治家がそれを担っていたかもしれませんし、科学者が偉大な時代もあったでしょう。そして現代、時代を前進させているのは明らかに起業家だと思います。国家が機能不全に陥る中で新しい経済の枠組みを作り、資本投下の流れを動かす。そして、世界を動かすような技術は専門性が高くなる一方ですから、国家や汎用的人材といった専門外の人間では、専門領域が取り扱えなくなっているのです。その中で、個人がより強くなっていくベンチャーキャピタリズムがアメリカで発生した。これがアメリカという国を強く前進させたと思います。


山本さんは、自動運転を足がかりに汎用AIを目指すというお考えかと思いますが、自動運転以外に応用できそうな具体的な汎用AIの方向性などをイメージされていますか。


使えない分野はないようにも思いますけれども、例えば普通の労働が破壊されるかもしれません。もちろんビジネスに波及する効果は途方もないですよね。例えば、googleを超える会社もできないはずがないですよね。コンピューターは無限の思考体力を持っていて、絶対に諦めません。そういう知能が作るものがどうなるか。イメージしてみていただきたいです。


間違った問いも解いていたとのお話でしたが、問いが間違っていたことにいつ気付かれたのでしょうか。逆に、正しい問いであったことは問いが解けたときに証明されるのでしょうか。


正しい問いを立てることは大事ですが、何が正しいかはわかるはずもありません。それは究極の未来予知ですから。ただ知能とは、根本的には「未来を予知できる能力」です。その意味で、正しい質問の立て方は、遠いところからも目を逸らさずに考え続けることだと思います。目の前の課題のためにプログラムを書くことと、解こうとしている課題の意味を考えることを、同時にすることです。それから、到達点を考えることですね。例えば何かサービスを作っているとして、その最高の到達点はどこにあり、その実現可能性はどれくらいで、それをさらに高めるにはどうすればいいかと考えることです。